どうして傷つけちゃうんだろう。
こんなにも好きなのに。
どうして信じられなかったんだろう。
あなたは最後まで私を信じてくれたのに。
向き合うのが辛くて逃げた私を。
卑怯な私を。
あなたから、離れることが私に出来る唯一の償いだと思っていたのに。
誓い ep.7 最終話

自分が傷つきたくなくて、その代わりに2人の男を傷つけた。
そして、失った。
その代償はあまりにも大きい。
自分を守りたくて行動した結果、私に何が残った?
最愛の人を失い、癒してくれる人を失い・・・
親友の信用までも失った。
私の浅はかな考えが、
みんなを傷つけた。
償いようがない。
「本島さん?」
ぼんやり下を向いて歩いている私を、後ろから大きな影が覆った。
その声の主がすぐにわかって、私は身構えるように即座に振り向く。
そこには、驚いたような表情をした、いつもの優しい顔をした彼がいた。
「こんな時間にこんなところで何してるの?風邪ひくよ??」
彼は自分の大きな傘を私の頭上に持ってきて、腰を屈め、私の顔を覗き込む。
そのまっすぐな目を見ることが出来なくて私は目をそらした。
私が、傷つけた男。
「会社でも体調悪そうだったのに。明日、出社できなくなっちゃうよ?
顔色も悪いし・・・。送って行くよ?」
なんで?
なんでそんなこと言うの?
「え?何?何か言った?」
震えるように動く私の唇は、キンキンに冷え切っていて、多分真っ青だったに違いない。
「・・・しないで下さい」
「え?」
「優しくしないで下さい!!」
「本島さん?」
「私、私、関山さんに酷いことしたんですよ!!??
なのになんで!なんで私にこんなに優しくしてくれるんですか!?
私のことなんて、ほおっておけばいいのに!!!」
醜い顔、醜い心。
醜い・・・言葉。
今の私には、こうやってまた人を傷つけることしか出来ないの?
「・・・。本島さん、
そんなに自分を責めないで?
君と俺は同罪だ。
俺に君を非難する資格はないよ。
君が、そうやって自分で自分を傷つけていることの方が、俺にとっては一番辛いんだ・・・。」
私には、人に愛される資格なんてないのに。
どうしてこの人は、こんなにも心が大きいんだろう。
どうして、こんなにもいい人が私なんかを好きでいてくれるんだろう。
どうして。
答えられないことがわかっていて、私はあの時彼の手を取ってしまったんだろう。
後悔しか・・・ない。
「お願いです・・・。そっとしてて下さい。でないと、私、またあなたに甘えてしまう。
傷つけるとわかっていて、あなたの手をまた取ってしまう。
私は・・・ズルイから。」
「君は悪くなんかないよ。だって、こんなにも後悔して自分を責めてる。
この世に全くずるくない人間なんていないさ。俺だって弱っている君に付け込んだ。
君が、彼を愛してると知っていながら君の心の隙間に入り込んだんだ。
そしてまた、俺は君に優しくしている。
なかった事にしようなんて言っておきながら、傷ついた君をほおっておけない。
無意識に君をあわよくば自分の物にしたいと願ってる。」
「そんな風に言わないで下さい!あなたがそんな人じゃないって私知ってます!!」
「恋愛なんてそんなもんだよ。恋は人を狂わせる。
どんなに冷静な人間でも、感情に流されてしまう。
俺は君に傷つけられてなんかいないよ?君が弱って縋ってしまった相手が自分で本当に嬉しかった。
他の男でなく、自分であってよかったと思ってる。
好きだからこそ傷つけずにはいられないんだ。
君が後悔することも、傷つくことも簡単に想像はついた。
だけど、好きだからこそ感情がおさえられない。
君だって、彼を好きだから傷つけて、そして俺と同じように傷つけてしまった自分が許せないんだ。
もしかしたら彼も。
君は傷つけたと思っているかもしれないけれど、彼自身も君を愛しているからこそ、自分で自分を責めているかもしれない。」
どうして、わかるんだろう。
なんの事情も知らないのに。
全部見透かされている感覚は、2度目に会ったあの時から変わらない。
恭ちゃんが、自分で自分を傷つけているんだとしたら。
やっぱりそれは私のせいで。
私を責めずに謝って。
それでも好きだと言ってくれたことに納得が行く。
私と同じ。
そして、関山さんとも・・・。
「余計なことして悪かった。
本島さんに言われてはっとしたよ。俺はまた同じ過ちを繰り返すところだった。
でも、この傘は受け取ってよ。上司の親切心としてさ。」
「ありがとうございます。
でも、私は大丈夫なので。
どうせもうずぶ濡れだし、関山さんのが濡れちゃう。
期待のエースを寝込ますわけにはいきませんから。」
「でも・・・。」
「本当に大丈夫です。目的地はもうすぐなんで。」
「・・・わかった。
でも、上司命令だ。明日、体調が悪かったらちゃんと休むこと。いいね?」
「わかりました。」
自然に笑顔が零れる。
やっぱりこの人はすごい。
「・・・関山さん。」
「ん?」
「私、関山さんのこと、尊敬しています。あなたのこと、1番にはなれなかったけど、
だけど、本当に男性として意識したし、上司として、人として本当に尊敬しています。
私の事、好きになってくれて本当にありがとうございました。」
「・・・ありがとう。そう言ってもらえるだけで十分だよ。」
「関山さんだったら、私なんかよりいい人が絶対見つかりますから。」
「それは余計かな・・・」
彼は苦笑いしながら、気をつけて。と言って踵を返して去って行った。
あんないい男に思われたなんて、本当に私は贅沢者だ。
そして私も踵を返す。
やっぱり、会わなきゃいけない。
恭ちゃんに、この声で、言葉で、謝らなくちゃいけない。
これ以上彼を・・・傷つけたくない。
パッパーー!!!
「痛てっ」
ゴチン。
強い光と、その直後の暗闇。
私はこの体験を前にもしたことがある。
大好きな、彼の匂い。
強く抱きしめられただけで、想いが溢れそうだった。
「バカ!!何やってるんだよ!!」
彼と、目が合った。
恭ちゃんだ・・・
恭ちゃんだ・・・!!
昨日会ったばかりなのに、
何年も会えなかったような感覚に囚われる。
怒られてるのに、嬉しくて涙が止まらなかった。
一度引き離された体をまた引き寄せる。
彼の胸に顔を埋め、彼の存在を身体全体で感じた。
逢いたかった。
本当に。
彼は大きくため息をひとつついて、私の頭を優しく撫でた。
「ホント・・・何やってんだよ。轢かれるとこだったんだぞ?
しかもその格好・・・。ずぶ濡れだし、靴はいてないし、化粧は落ちてるし。
あ!!ケガしてんじゃねーか!!」
「あ、これは・・・今じゃな・・きゃぁ!!」
身体が宙に浮いた。
「しっかり掴まってろよ!!」
まるで、昨日の事がなかったかのような、温かい愛しい気持ちが彼と同調してるような気がした。
「痛いぃぃぃ〜!!!」
「ちょっとくらい我慢しろよ。」
「だってぇ〜」
「文句言ってないで早く脱げ!!」
「ちょっと、乱暴にしないでよぉ!」
「ストッキング脱がないと手当も出来ないだろ!?雨の中、泥もついてるし化膿するぞ!?」
「わかった!わかったから!!自分で脱ぐからぁ!!」
お姫様だっこなんて何年ぶりだろう。
恭ちゃんに抱きしめられることさえ、本当に何カ月もなかった。
恭ちゃん家の脱衣所で、私たちはずぶ濡れのまま押し問答していた。
「何今更恥ずかしがってんだよ、裸になれって言ってるわけじゃないだろう?」
「うるさい!!いいから後ろ向いてて!!」
ビリビリになってしまっているストッキングのふちに、雨で重たくなっているスカートをたくし上げて指をかける。
久しぶりの彼のバスルームに、今の精神状態で堂々と脱ぐなんてどうしても恥ずかしかった。
「ちょっと!!振り向かないでよ!!」
「タオルとるだけだって。」
本当に、いつも通りで。
うぅん。
寧ろ、昔に戻ったみたいで。
昨日の事は嘘みたいだった。
最近では、こんな風に言い合ったりじゃれあったりなんて・・・
脱いだストッキングをゴミ箱に放り込む。
アスファルトの屑まみれの足と傷口をシャワーで洗うと、彼がタオルで丁寧にそれを拭いてくれた。
私は黙ってそれをじっとみていた。
傷の手当てが終わると、彼の手が止まった。
「・・・なんで、あんなトコにいたんだよ。」
「・・・だって・・・。」
「傘は?」
「・・・家に置いてきた。」
「はぁ?」
「だって、どおせ濡れると思ったし。急いでたから。」
「なんで?」
「・・・恭介に、、、会いたくて。」
「バカ。」
彼はそう吐き捨てると、私の髪をタオルで乱暴に拭いた。
「謝りたくて・・・」
「何を?」
「・・・知ってるくせに。」
私の頭上でガシャガシャと動かしていた手が止まる。
「・・・郷本さん・・・か?」
「・・・うん。」
「・・・そうか。聞いたのか。」
「うん。」
自分の髪だってボトボトなのに、彼は全く気にする様子もなく私の前にペタリと座った。
「全部知ってたのに、なんで昨日言わなかったの?」
目を伏せている彼の顔を、私はじっと見た。
もう覚悟は出来ていた。
言い訳するつもりもなかったし、
どんなに責められてもなじられてもいいと思った。
「だって、確証なんかなかったし。
俺が知ってるのは、あの日朝4時に、男とホテルから出てきておまえが一人でタクシーに乗ったって事だけだ。」
「だけど、私約束もすっぽかしたし・・・」
「仕事が忙しかったんだろ?」
「それはそうなんだけど。」
「別に、男と腕組んでラブホテルから出てきたわけでもねーし。」
「・・・。」
「勝手に疑っても、何にもいいことねーよ。」
「だけど、私昨日・・・」
「・・・そうだな。だけど、それとこれとは別だ。」
なんで、
彼はこんなに私を信じることができたんだろう?
私は、恭ちゃんが信じられなくて、自分が信じられなくて、こんな自己嫌悪に陥っているというのに。
「ごめんなさい。私、もう嘘つかない。全部話すから。
それで、恭介に嫌われても仕方がない。だけど、ちゃんと話す事が、最後まで信じてくれた恭介への誠意だと思うから。」
「嫌ったりなんかしないよ。だって、おまえはこうして、俺に会いに来てくれた。」
「恭ちゃん・・・。」
「大体想像はついてるんだ。最近特に、俺は仕事仕事でおまえのことほったらかしにしすぎた。」
「そんなの、仕方ないよ!だって今すごく大事な時期だって・・・」
「それもそうなんだけど、気を遣って、デートに誘い出すでもなく、おまえだって仕事忙しいのに家まで来てくれてた。」
「なのに、俺は自分のことでいっぱいいっぱいで、話をちゃんと聞いてやることも、自分の話をすることさえしてなかったと思う。」
「恭ちゃん・・・」
「ごめんな、有紀。寂しい思い、させてたよな?」
「う・・・」
こんなはずじゃなかった。
私が謝ろうと思ってたのに。
涙がまた、止まらない。
彼の両腕が、背中に回った。
優しい手が、また私の頭を丁寧に撫でてくれる。
彼の気持ちを信じられなかった自分が嘘みたいだった。
氷のように冷え切って固まった自分の心が、春を迎えた流氷のようにキシキシと溶け出すのがわかった。
「ごめんね、恭ちゃん。私、寂しくて、恭ちゃんの仕事の邪魔になってるんじゃないかとか、
稀な休みの日だって疲れて一人で寝てたいかもしれないのに、私がいていいのかなとか
なにより、恭介が笑ってくれないことが、悲しくて悔しくて・・・
何の力にもなれない私が嫌で嫌で・・・
だから私あの日関山さんと・・・っ」
「いいよ、言わなくていい。辛い思いさせて悪かった。
俺にはおまえを責める資格はないんだから。おまえが今、アイツじゃなくて、俺の腕の中にいてくれるだけで、それだけでいいよ。」
「恭ちゃん、ごめん、ごめんなさい。二度と、二度とあんなことしないから。」
「うん。」
「私が好きなのは恭ちゃんだけだからっ!!」
「うん。」
「私のしてしまった事実は消せないけど、だけど私はこれからは・・・っ!!!!!」
彼の腕の力が強くなる。
息も出来ないほど、心がぎゅぅっとしめつけられた。
「なぁ、有紀。」
「・・・?」
「結婚してくれ。」
「え・・・?」
心臓が大きく跳ねた。
だって、私・・・
彼はそっと私の身体を離し、両腕をしっかりと握った。
「有紀。俺と、結婚してくれ。」
「う・・・そぉ・・・。」
「嘘じゃない。本気だ。」
「だって・・・私・・・そんな資格・・・」
「関係ない。おまえじゃないと、ダメなんだ。」
「私・・・なんかでいいの?」
「なんか、なんて言うなよ。俺が惚れた女だ。」
「・・・!!」
「・・・事は?」
「え?」
「返事は!!??」
「お・・・っ!!」
「お?」
「お願いします!!!」
嬉しい!!
神様、こんな幸せ、私なんかに与えてしまっていいものなのでしょうか?
彼の腕の中にいるのは、私でいいのですか?
本当に?
「どぉしよぅ・・・信じられない・・・」
「なんか、今日おまえ泣いてばっかだな。」
「だってぇ〜」
「言い訳するとだな、これ、買いたくて仕事掛け持ちしてたんだ。」
「え?」
彼はそう言うと、さっきまで自分が持っていたずぶ濡れのバッグから、くしゃくしゃになった小さな紙袋を取り出した。
「ごめん、雨でぼろぼろになっちまったけど、中身は無事なはずだから。」
袋から出てきたのは、紺のビロードの四角い箱。
「これって・・・」
「そぅ。」
彼がその箱をそっと開く。
水色のその光は、私の心を穏やかにした。
「アクアマリンって、幸福のお守りなんだって。
悲しい時に、悲しい気持ちを吸い取ってくれる効果もあるみたい。」
恭介はそう言うと、私の左薬指にそっと指輪をはめた。
「よし!ぴったり!!」
ぴたりとはまったそれを、私は何度も色んな角度から眺めた。
「これのために・・・仕事増やしてたの?」
「・・・まぁ・・・。本当はもうちょい貯めてダイヤモンドくらいは買いたかったんだけど。。。
こんな事態になっちゃって、そんなことも言ってられなくなったから・・・。ごめんな。婚約指輪なのに。」
「なんで謝るの?私めちゃくちゃ嬉しいよ!!」
「まだまだ仕事も駆け出しで、給料も少ないし今すぐってわけにはいかないけど、
俺、一生懸命働いて、一人前のシェフになってみせるから。だから、俺の事信じて一緒にいてほしいんだ。」
「恭ちゃん・・・。ごめんね?私なんにも知らないで・・・。」
「あーもー。だから泣くなって。」
「泣いてないもん!」
「嘘つけ。」
こんな幸福な時間がいつまでも続けばいい。
あなたを傷つけた分、絶対に取り戻してみせるから。
これからは、絶対にあなたの気持ちを疑ったりしない。
それが私に出来る一番のつぐない。
何カ月ぶりのキス。
初めてあなたとしたキスより、もっともっとドキドキして、もっともっと満たされる。
雨で冷え切った体は、シャワーよりもあなたの体温を求めて。
愛してる。
二度と、あなたから目をそらさない。
あなたを一生愛して、信じぬくことを、
誓います。

skyblueさまへ。
なんとか無事当日までに完成させました!!
ちゃんと約束守れたよ〜(キラキラ・・・
まぁ、前日までにあげれれば一番よかったんですが・・・。
まぁ、なんにせよ、無事完結してよかったよかった(^^)
改めまして、由ちゃん「お誕生日おめでとう!!!」
これからも末長くよろしくお願いいたします♪
本井 由癸嬢のみお持ち帰り可。
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